大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)7044号 決定

債権者

中森明菜

右代理人弁護士

山﨑司平

債務者

株式会社現代キャラク

代表者代表取締役

大久保昭

債務者

大久保昭

右当事者間の昭和六一年(ヨ)第七〇四四号仮処分申請事件について当裁判所は、債権者の申請を相当と認め、債権者に債務者らのため全部で金二〇〇万円の保証をたてさせて、次のとおり決定する。

主文

一、債務者らは、「中森明菜」の文字若しくは別紙肖像の表示目録記載の肖像を、カレンダー若しくはポスターに表示し、又はこれらを表示したカレンダー若しくはポスター(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)の販売、配達、発送、領布若しくは販売のための展示をしてはならない。

二、債務者らの「中森明菜」の文字又は別紙肖像の表示目録記載の肖像を表示したカレンダー若しくはポスター(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管を命ずる。       (裁判官橘 勝治)

別紙 肖像の表示目録

昭和四〇年七月一三日に東京都において出生し、昭和五七年五月一日に芸能界にデビューした女性歌手「中森明菜」の別紙①乃至⑦の写真その他の肖像。〈省略〉

申請の趣旨

一、債務者らは、「中森明菜」の文字若しくは別紙肖像の表示目録記載の肖像を、カレンダー若しくはポスターに表示し、又はこれらを表示したカレンダー若しくはポスター(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)の販売、配達、発送、領布若しくは販売のための展示をしてはならない。

二、債務者らの「中森明菜」の文字又は別紙肖像の表示目録記載の肖像を表示したカレンダー若しくはポスター(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管を命ずる。

旨の裁判を求める。

申請の理由

第一、当事者

一、債権者中森明菜について。

1 債権者中森明菜(以下、債権者中森という)は、昭和五七年五月に楽曲「スローモーション」を唄つて芸能界にデビューして以来今日までの間、常にトップアイドルとして国民の各層に対して夢と喜びを与え続けてきたところの、現代日本における一番の女性人気歌手の「中森明菜」である。

債権者中森のデビュー後のこの五年間の大活躍は日本の社会風俗面における歴史的事実とも言うべきであつて、今更ここに主張するまでもない。

因みに、申請外株式会社小学館が発行している「ジャポニカ・時事百科・一九八六年版」は、二ケ所において債権者中森について記述している。

即ち、「歌謡曲」一般について記述した箇所においては、一九八五(昭和六〇)年度におけるレコード大賞は「中森明菜」が受賞したことを記述している(同書九一頁)。また「人物スポットライト」の欄においては、債権者中森を独立した項目をもつて紹介している。これによれば、

『人気ナンバー1のアイドル歌手として活躍。八五年には……第二七回日本レコード大賞に輝いた。……松田聖子と並んで八〇年代の代表的アイドルといわれた。……歌唱力のたしかさもあつてヤングの支持をうけた』(同書四一六頁)

のが債権者中森なのである。

2 以下に債権者中森の略歴を述べる。

昭和四〇年七月一三日に東京都で出生した債権者中森は、昭和五七年五月一日に歌手として芸能界にデビューした。この年に唄つた楽曲は、「スローモーション」、「少女A」、そして「セカンド・ラブ」であり、この年「中森明菜」は歌謡大賞新人賞にノミネートされるとともに、日本有線大賞新人賞等々を受賞したのである。

昭和五八年からは、債権者中森の活躍は「アイドル歌手戦線に異変を巻き起こす」ものであり、「1/2の神話」、「トワイライト」、そして「禁区」という発表する楽曲の全てがヒット曲となつた。昭和五八年に債権者中森が受賞した主なものは、レコード大賞のゴールデンアイドル賞、日本歌謡大賞の放送音楽賞等である。

昭和五九年中に債権者中森が発表した楽曲は、「北ウィング」、「サザンウィンド」、「十戒(一九八四)」そして「飾りじゃないのよ涙は」である。この年の受賞の主なものは、日本テレビ音楽祭のグランプリである。

債権者中森が満二〇歳となる昭和六〇年度になると、ファンにとつて「中森明菜」は、テレビ・ラジオにおける歌謡曲のベストテン番組において、新曲が発表されることによる「初登場一位」があたりまえの印象となる程に人気と実力を高めた。この年に発表した楽曲は「ミ・アモーレ」、「サンド・ベージュ」そして「ソリチュード」である。この年も債権者中森は数々の音楽賞に輝いたが、その代表が日本レコード大賞の″大賞″を受賞したことである。

昭和六一年度になつても「中森明菜」の人気は衰えることを知らず、日本電信電話株式会社(NTT)がこの夏に中・高校生に「電話で話したい有名人」をアンケート調査したところ、第一位にランクされたのが債権者中森であつた。今年も「デザイアー」そして「ジプシークイーン」の楽曲を発表している。

3 債権者株式会社研音(以下、債権者研音という)は、「放送番組〔広告放送を含む。以下同じ〕、映画、寄席、劇場等に出演し、音楽、演芸その他の芸能の提供を行う者」である「芸能家」(職業安定法規則別表第二)の職業を紹介する有料職業紹介事業者であるが、債権者中森は、債権者研音に所属して前述の芸能活動をしてきた。「中森明菜」を有名にするための債権者中森と債権者研音の芸能界における努力・活動は、この努力・活動が実つて債権者中森が有名になることにより、「中森明菜」の名称及び肖像に財産的価値を生み出したのである。

即ち、マスコミが発達し二一世紀を目前にしている現代社会においては、有名人の名称・肖像等が金銭的価値を生みだす機会は非常に多く、テレビ・ラジオ等の情報伝達手段の発展とともに有名人の名称・肖像等が金銭的価値を生みだす機会がますます増大するのである(阿部浩二・注釈民法一八巻五五四頁以下)。何故ならば、芸能人等の有名人が努力を積み重ねてかちえた名声・社会的評価や好印象は、一般的な商品に対する宣伝・販売促進効果を収めるからである。また、江戸時代において人気のあつた「役者絵」が現代になつてからは「プロマイド写真」となってその芸能人のファンの多くがこれらを求めるように、肖像そのものが商品としての価値を持つようになつてきた。更に、好みの芸能人と同一化することを望むファン心理は、日常の身の回り品の多くにその好みの芸能人の名称や肖像を附した商品を求めることとなり、これらの需要が芸能人の名称や肖像を附した日常品である所謂「スター・キャラクター商品」を生み出すこととなり、大きな商品市場を形成するに至つたからである。

二、債権者株式会社研音について。

1 債権者研音は、前述の通り「芸能家」の職業を紹介する有料職業紹介事業者(職業安定法第二二条第一項)であるが、債権者研音は、債権者中森の職業を紹介するとともに、「中森明菜」が芸能界において、ひいては国民各層において有名人となり、かつ広く国民に愛されるための努力・活動を債権者中森と協力して続けてきた。

2 債権者中森と債権者研音の間においては、「中森明菜」の名称・肖像を使用しての「スター・キャラクター商品」に関し、その商品化権の製造・販売・管理は、債権者研音が債権者中森より委託されて、債権者研音の名義と計算において対外的業務を担当している。

三、債務者らについて。

1 債務者株式会社現代キャラク(以下、債務者会社という)は、昭和五六年二月一八日に、「文具、室内装飾品、身辺装飾品の販売、カレンダー並びに宣伝印刷物の販売」等を目的として設立された株式会社である。ここにいう「文具、室内装飾品、身辺装飾品」が、前述した「スター・キャラクター商品」である。

債務者会社代表者の申請外大久保昭は、昭和九年七月一八日生まれであるが、債務者会社を設立する以前は、やはりスターキャラクター商品であるポスター類を製造・販売する申請外ガンガを経営していた。債務者大久保は、ガンガが倒産したために、債務者会社を設立したものである。

2 債務者大久保が「スター・キャラクター商品」の業界に関与したのは昭和四五年前後からであるが、当初は芸能人や所属プロダクションから許諾を得た正規の商品を扱う業者であつた。

ところが債務者大久保は、昭和五九年暮ないしは昭和六〇年春頃からは不正商品・ニセ物に手を染めはじめ、現在では債務者会社や債務者大久保が取扱つている商品の六割以上が不正商品・ニセ物であると思われる。

第二、債務者の侵害行為

一、ニセ物出現の背景。

1 前述した「スター・キャラクター商品」が商品市場を形成するに至る状況、そして後述するパブリシティー権が主張され肯認されるべき状況は、そのまま有名人や所属プロダクションからの許諾なくして有名人の名称・肖像を附した商品、つまりニセ物商品をうみだす土壌である。

2 正規の「スター・キャラクター商品」の場合には、有名人のパブリシティー権・肖像権を保護し、その財産的権利を確保するために、許諾する側と許諾を受ける側との間で詳細な取り決めが必要となり、企画・立案の段階から現実に商品が完成・販売されるまでの間に多くの手順と日数を必要とせざるをえない。ニセ物業者は、この手順・日数を省くことによつて、早期に一般公衆に対して「スター・キャラクター商品」を供給しようとするのである。

3 また正規の「スター・キャラクター商品」の場合には、有名人のそれまでの努力・企業活動に対する当然の対価として、ロイヤリティーが支払われるのが通常である。有名人に支払われるべきロイヤリティーは、「スター・キャラクター商品」の販売価格に反映することとなるため、価格は「無キャラクター商品」よりは高くならざるをえない。

しかし乍らニセ物業者は、「スター・キャラクター商品」を「無キャラクター商品」と同程度の価格で販売することができるのであつて、価格競争の面においてもニセ物がバッコする危険がある。

二、「肖像パブリシティー権擁護監視機構」の設立、諸活動。

以上のような状況をふまえて、株式会社渡辺プロダクション・株式会社ホリプロダクション・株式会社サンミュージック・東宝株式会社・株式会社日本広明社・株式会社ナガオカエンタープライズ・株式会社エトワールが発起人となつて、昭和六一年六月三日に「肖像パブリシティー権擁護監視機構」が設立された。右機構は、

『マスコミの急速な発展、特にTV・写真報道等の映像産業の発展に伴い、人気タレントや人気選手の肖像は一旦営利目的で使用されれば、巨額の利益を生むケースも多くなつています。それに目をつけて、一般の人々の無知をいいことに、これを無断使用する例が目立つて多くなつてきました。特に最近では、「生写真」と称して人気タレントや人気選手の写真、あるいはそれを使用した商品が、無許諾のまま製造され堂々と一般流通で販売されており、これら無許諾商品の年間小売総額は、一〇〇億円にも達する勢いであります。これをこのまま放置すれば、過去三〇年にわたり、著作権法や商標法の保護のもとに公正に運営され業界慣習としても確立している商品化権の実施にすら悪影響を及ぼすことも懸念されます。』

という問題意識のもとに、

『時あたかも本年四月より、警察庁は不正商品取締官制度を設け、著作権、商標権等の侵害商品に対する取締に万全を期すべく、民間の不正商品監視団体に対し協力を要請してきました。これを受けて、関連団体は連絡協議会を新たに設置すべく活動を行つております。』

という時代背景をもつて、

『タレントやプロ・スポーツの選手本人はもとより、これらの人々から肖像使用の許諾業務を委託されている企業、またこれを公正に使用しようとする企業等が一致団結して、肖像パブリシティー権を擁護し、この権利を侵害する不正商品を監視する団体を結成して、この連絡協議会の一翼に連なる』

ことを目的として設立されたものである。

債権者研音も、この設立趣旨に賛同してこの機構に参加している。

三、債務者らの本件侵害行為の発見。

1 右機構は、「スター・キャラクター商品」を販売する業者に対してパブリシティの権利と擁護と不正商品の撲滅のための啓蒙活動をするとともに、悪質な業者に対しては警告を発する行動を重ねてきた。

2 その結果、パブリシティの権利を理解し機構の趣旨に賛同する業者から機構に対して、ニセ物商品の販売に関する情報が寄せられることとなつた。

昭和六一年九月上旬には、本件債務者らによつて本件ニセ物商品が販売されるとの情報が入り、終に昭和六一年九月二〇日には、債務者会社から販売された本件ニセ物商品の現物が債権者らの手に入つたのである。

第三、被保全権利……パブリシティの権利

一、パブリシティの権利とは。

1 債権者中森等の芸能人等の有名人は、「いわば公けの存在としての面においては、……その氏名・肖像等が広く公衆に知られることを希望する」のであるが、「ただ、それと同時に、それをコントロールすることを望む」のである(阿部浩二・注釈民法一八巻五五四頁)。何故ならば、「肖像は、本来はその人固有の人格価値であるが、これが商品の宣伝等に利用されるとき、人格価値とは別個の経済的価値として肖像が評価される。宣伝手段媒体の多様化は、俳優・スポーツ選手等の有名人の肖像を宣伝の道具として利用する傾向を強めているといえよう。ここでは、肖像権の侵害を人格的利益の侵害による…問題として捉えるのでは充分でなく、経済的利益の侵害による…問題として検討されなければならない」(竹田稔・名誉・プライバシー侵害に対する民事責任の研究・一一九頁)。

「このように、俳優等の氏名、肖像がひとつの経済的価値をもつものとして情報伝達手段に用いられるとき、これをパブリシティ(publicity)の価値とよび、その価値をコントロールすべく想定される財産権としての権利をパブリシティの権利とよんでいる」(阿部浩二・マスコミ判例百選一七七頁)のである。

2 このパブリシティの権利はアメリカの判例法を中心として定立されてきた概念であるが、その内容・根拠について今少し述べる。

「原告は、原告のガーデン内で撮られた真実の写真を映画中に使用することを許可する営利的事業を確立し、そこから収益をあげている。この事業は、多額の金銭の支出と企業努力、技術によつて形成されてきたものであり、…金銭的価値を獲得したそれ自体違法でもなく公序にも反しない市民法上の権利は、それとして保護をうけうる財産権になる」(阿部浩二・注釈民法一八巻五五六頁)。

「ある種の芸術やスポーツの分野におけるある人の才能・業績を無償で使用し、自己の商品の売行きの増大に役立たしめるということは、宣伝・広告業界にみられる慣習に相反するものであ」る(阿部浩二・注釈民法一八巻五五五頁)。

「有名人として公けの存在であるということはその氏名やイメージに価値ある財産権をもつ」ものであり、「有名人は多年にわたる鍛錬や競争の結果として、市場性をもつ地位を獲得したものとみなければならず、その氏名・肖像…を含む、有名人であるということの存在そのものは、その労働の果実であり一種の財産権である」(阿部浩二・注釈民法一八巻五六〇頁)。

有名人が「国内外において著名であるのは、疑いもなくその才能と厳しい鍛錬の成果であり、人はその労働の成果に対する不当な介入を禁止する権利をもつのであり、そうでなければ公平に反する」(阿部浩二・注釈民法一八巻五六一頁)。

3 アメリカの判例法上定着したといわれるこのパブリシティの権利は、日本法においても認められるべき概念であることは、学説・判例の認めるところである。

先ず、アメリカの判例法において述べられた根拠は、そのまま日本法における状況に合致するものである、というべきである。

次に、日本法においても「広告業者、放送機関等が、有名人の氏名・写真等を、宣伝物、ポスター、テレビコマーシャル等に用いるとき、現実にはこれら有名人と契約を締結し、有償もしくは無償でそれらを使用するという慣行がみられることは、パブリシティの権利を社会的に明示もしくは黙示的に承認しているからにほかならない」(阿部浩二・注釈民法一八巻五五五頁)。

また、「原告の氏名、肖像、経歴のごとき彼の人格と不可分のものを営利的目的、つまり被告の経済的利得の目的をもつて使用することによつて成立するプライバシーの侵害がある。……この第四の類型は、人格権的要素に加えて、財産権的な性質を多分に含んでおり、したがつて、これをもつと積極的な意味をもつ権利として考えてみなければならないことである。そして、実際的な解決としては、人格権的なものにとらわれることなく、ある場合には、財産権的なものを中心に把握しなければならないこともありうるのである。たとえば、有名な映画俳優の肖像が広告に利用されたときは、プライバシーの侵害の面もあるかもしれないが、むしろ一つの財産的利益の侵害と考えねばならないように思われる」(伊藤正己・プライバシーの権利一二六頁、一四五頁)を説かれていた。

その結果、日本の判例法においても、東京地方裁判所昭和五三年一〇月三日決定(判例タイムズ三七二号九七頁)は、王選手の八〇〇号記念メダルの販売差止等を認めたのである。

これに先立つ東京地方裁判所昭和五一年六月二九日判決(判例タイムズ三三九号一三六頁・判例時報八一七号二三頁)は、イギリスの子役俳優であるマーク・レスターの氏名・肖像権侵害訴訟において、パブリシティの権利の侵害に対する損害賠償責任を認めている。この判決について竹田判事は、「本判決はパブリシティの権利をわが国における不法行為における被侵害利益として認めることにより実質的に承認したものとして積極的に評価すべきであろう。」とされている(竹田稔・前掲書・一二〇頁)。

二、差止請求権について。

前述の王選手の八〇〇号記念メダル事件の東京地方裁判所昭和五三年一〇月三日決定は、パブリシティの権利の理論を適用して、肖像の無断使用商品の製作・販売・拡布を差止めている。

この根拠については、人格的利益としての肖像権侵害について人格権にもとづく差止請求権を認めるのであれば、「肖像という人格と不可分な関係にある経済的利益としての肖像侵害」にも差止請求権を認めるのが相当である(竹田稔・前掲書・一二三頁・二二二頁)と考えられる。

何故ならば、プライバシーの権利については、その定義は未だ確たるものがないと言えようが、『現代におけるプライバシーの権利は、かつてブランダイズが定義した「ひとりでほつておいてもらう権利」にとどまらず、積極的に「個人が自らの情報をコントロールする権利」へと展開している』(竹田稔・前掲書・一三〇頁、五頁)が、この「個人が自らの情報をコントロールする権利」という積極的な意味におけるプライバシーの権利について、その財産的権利がパブリシティの権利であるからである。

そして後述する通り、人格的利益としての肖像権侵害について人格権にもとづく差止請求権を認めるのが日本の通説であり、判例の立場であると解することが出来るからである。

三、著作権法、商標法、不正競争防止法とパブリシティの権利との関係。

1 利益状況・保護の必要性としては、著作権法、商標法、不正競争防止法で規律しようとする利益状況と、パブリシティの権利により規律されるべき利益状況は同一である。

一方、保護されるべき地位を獲得するに至るまでの努力は、これら以上である。例えば著作権については著作しただけで権利が発生するが、パブリシティの権利は、権利そのものはむしろ人間存在そのものから発生すると考えられるが(阿部浩二・マスコミ判例百選一七七頁)、パブリシティの権利を主張せざるをえない状況、パブリシティの権利を侵害されるまでに至る努力・活動は、即ち有名人となつて人名・肖像が広く国民各層に知れ亘つて名称・肖像が財産的価値・市場性をもつに至るまでの努力・活動は、並大抵のものではないことは多言を要しない。

2 著作物も、商標も、創作性・独自性・識別性をもたせるための努力・エネルギーが多大のものであることは、債権者らも認めるところである。

しかるにそれらの権利は、著作権は著作するだけで、商標は登録されるだけで、強い排他的な権利を有するのに反し、これらの創造と同一もしくはそれ以上の努力・活動・エネルギーを費やして有名化した名称、肖像に排他的権利を認めないとすることは、あまりにも均衡を失するものである。

3 パブリシティの権利の主張は、著作権法、商標法不正競争防止法の欠缺を埋めるための主張である。

先ず、ニセ物商品が、サインの無断複製商品である場合や、有名人が著作権を有する写真等の無断複製商品である場合には、著作権に基づいてこれらニセ物を排除することが可能となる。

然し乍ら、有名人は広く大衆に知られることを望み、そのために広く肖像を公開しているが、この有名人が有名人として活動している姿・肖像を大衆の内の一人である一般人が写真撮影した時は、現行の著作権に関する理解からは、この写真に対する著作権は撮影した一般人に帰属すると言わざるをえない。このような写真を著作権者である一般人から「正当に」譲り受けたニセ物業者が本件のように商品化する時、著作権法は有名人にとつては何の役にも立たないばかりでなく、有害である、とさえ言えるのである。

4 商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」(同法第一条)。

ところで、商標登録のための実体的要件として「識別力」を有することが必要とされる(同法第三条等)。そのため「ありふれた氏または名称を普通に用いられる方法で表示する標章」は商標としての登録を受けることが出来ないものとされている。「中森明菜」は債権者中森の本名であつて、債権者中森がデビューした時点においては、この規定からは商標法の保護を受けることは困難である。また、使用の継続により需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することが出来ることとなつたときは、商標登録の可能性は出てくるが、商標登録には長期間を要する現状からいつても、この間における保護は充分ではない。

有名人の名称・肖像は、特に債権者中森の名称である「中森明菜」は、債権者両方の努力・活動によつて商標法にいう商標以上に「識別力」を有するものとなつているのであるから、この侵害に対しては商標侵害と同様の保護が与えられるべきである。

5 債務者らの本件ニセ物カレンダーには、その一枚目には「中森明菜」の名称があるので、「広く認識せらるる他人の氏名その他他人の商品たることを示す表示と同一のものを使用した」ものとして不正競争防止法第一条第一項第一号による保護が考えられるべきである。尤も、単に債権者中森を示す意味での「中森明菜」の表示であつて、「他人の商品と混同を生ぜしめる行為」ではない、と抗弁されることも考えられるが、少なくとも不正競争防止法第一条第一項の規定の類推適用により、債権者らの権利が保護されるべきである。

6 著作権法、商標法、不正競争防止法の規定には、厳格には該当しない場合もありうるが、これらの法規の根本理念、保護されるべき利益状況は、パブリシティの権利を主張すべき場合と全く同一であり、これらの規定を類推適用すべきである。

竹田判事は、「従来の肖像権とは異なり、自己の肖像を商品宣伝などに利用させる公開価値(パブリシティ・バリュー)をもつた有名人の財産的価値としての肖像権が問題となつている。……この場合は、実質的に財産権に基づく差止請求権に近く、著作権法商標法等の侵害行為差止の法理論に準じて考えるべきであろう。」とされている(竹田稔・前掲書・二二二頁)。

四、パブリシティの権利の帰属主体。

1 前述の通り、「個人が自らの情報をコントロールする権利」という積極的な意味におけるプライバシーの権利について、その財産的権利がパブリシティの権利であるから、パブリシティの権利は人格権としてのプライバシーの権利に根拠の一部をおいているが、パブリシティの権利そのものは財産上の権利であるから、プライバシーの主体とは切り離して考えることができる。

このことは、著作権において著作者人格権と著作権とを別異に扱うのと同様である。

2 財産権としてのパブリシティの権利は、債権者研音に帰属している。債権者中森と債権者研音の間においては、債権者研音がその名義と計算において「中森明菜」の名称・肖像に関するパブリシティの権利を行使することを、債権者中森において委託しているからである。同時にまた「中森明菜」の名称・肖像を有名化した企業活動・努力は、債権者研音の企業活動・努力そのものであつたからでもある。

債権者中森の恵まれた才能と債権者研音の企業活動が合致してはじめて、「中森明菜」の名称・肖像が高い財産的価値・市場性をもつに至つたのである。

第四、被保全権利……氏名権、肖像権

一、人格権としての氏名権について。

1 債権者中森は、一市民である「中森明菜」としても、また芸能人・有名人である「中森明菜」としても、「中森明菜」の名称についてこれを濫りに使用されることについて保護をもとめ得る権利、つまり氏名権を有するものである。

この氏名権は、氏名がその人格の一面における表裏の関係にあるからであつて、個人的人格権として認められるべき権利である。

そして人は、その氏名権が侵害されたときは、損害賠償を請求出来るのみならず、侵害行為の差止を請求出来るのである。

2 以上の法理は、

戦前の判例として京都地方裁判所大正六年五月九日判決が、生花の家元たる名称は旧民法に規定する氏姓の使用権と同じく絶対権であるとして差止を認めている。

戦後においても岡山地方裁判所昭和三八年三月二六日判決(下民集・一四・三・四七三)は、弓道界における日置当流師家の名称について権利性を認め、その僣称は人格の一面を侵害するものとして差止を許容している。

学説上も古くから主張されてきたところである(五十嵐清・注釈民法一九巻一八一頁)(五十嵐清・人格権の侵害と差止請求権・ジュリスト八六七号三五頁に紹介されている各学説)。

3 債務者会社から販売された本件ニセ物商品には、その表紙に債権者中森の氏名「中森明菜」が大書されているが、債権者中森は勿論のこと債権者研音においてもこの使用を許諾したことはないので、申請の趣旨記載の通り、この排除がなされるべきである。

二、人格権としての肖像権について。

1 「スター・キャラクター商品」については、権利者からの許諾を得た正規の商品にあつても、ニセ物商品にあつても、ファンは有名人の肖像を眺めることにより心理的歓喜を抱くのであるから、有名人の肖像が附されるのが常である。

ところで人は、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下、『容ぼう等』という)を撮影されない自由を有するものというべきである。」(最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決)。

この「肖像、すなわち人の顔容又は社会通念上特定人であることを識別しうる身体的特徴は、性別・年令・職業・身分等の如何に拘らず、その人の人格価値と認むべきものである。」(竹田稔・前掲書・一〇六頁)そして、「顔その他社会通念上特定人であることを識別しうる身体的特徴について、みだりに撮影されこれが公表されないこと及び広告等に無断で利用されない法的保障」である「肖像権」(竹田稔・前掲書・一〇六頁)は、人格権の主たるものとして強く保護されるべきである。

「わが国では、肖像の人格価値を法的に承認し、いわゆる人格権に含まれる肖像権として保護をはかる見解が通説であり、……これを否定する学説は殆どない」(竹田稔・前掲書・一〇六頁)のである。

2 この「肖像権」が侵害された場合にも、氏名権に対しては損害賠償請求権とともに侵害行為の差止請求権が認められるのと同様に、この侵害行為の差止が認められるべきであり(竹田稔・前掲書・一二六頁)、申請の趣旨記載の通りこの排除がなされるべきである。

三、人格権に基づく差止請求権。

1 ここで、「人格権」とは、「人格に専属する個人の生命、身体、自由、名誉、精神、生活などの人格的利益の総称」である(竹田稔・北方ジャーナル事権判決の民事上の諸問題・ジュリスト八六七号二六頁に紹介されている各学説)。

そして「生命、身体、名誉、プライバシー、自由、氏名権、肖像権等各種の人格的利益を侵害する加害行為に対する差止請求権については、明文の規定はないものの、これを肯定するのが通説である」(判例時報一一九四号五頁、竹田稔・前掲書・二〇六頁)。

2 また過去の判例としては、村道について自己の生活上必要な行動を自由に行い得べき使用の自由権を有し、これに対する妨害行為についてその排除を求める権利があるとした最高裁判所昭和三九年一月一六日判決(民集・一八・一・一)は、「一種の人格権に基づく差止請求を肯定したと解しうる余地」があつた(判例時報一一九四号五頁)。

そして、所謂「北方ジャーナル事件」最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決(判例時報一一九四号六頁以下)は、人格権の一つである名誉権に基づく差止請求権を明確に肯認した。右判決によれば、『実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。』

3 以上の判例学説に従えば、重要な人格権である「氏名権」、そして「肖像権」についても、これらの人格的利益を侵害する加害行為に対する差止請求権については、明文の規定はないものの、これを肯定するべきである。

4 なお、英米法におけるプロッサーの四分類によれば、プライバシーの権利の侵害は、①他人の干渉を受けずに隔離された私生活を送つているのに侵入すること(私事への侵入)、②他人に知られたくない事実を公開すること(私事の公表)、③ある事実を公開することによつて他人の眼に真の姿と異なる印象を与えること(誤認を生ぜしむ公表)、④氏名、肖像のような私的なものを相手がその利得のために利用すること(氏名等の無断利用)の類型がある(伊藤正己・前掲書・七九頁、竹田稔・前掲書・一二九頁・一〇五頁)。

そしてアメリカ法においては、この④氏名等の無断利用、「つまり広告その他の営利的目的をもつて、個人の氏名・肖像等を本人の承諾を得ることなく使用する不法行為……においては、氏名等に財産的利益が絡んでいるときには、プライバシー権保護の名のもとにインジャンクションは比較的簡単に許与されている」(阪本昌成・プライヴァシー権と事前抑制・検閲・ジュリスト八六七号・一六頁)のである。

この法理は日本法においても認められるべきである。

第五、保全の必要性

一、債務者らの侵害行為について。

1 前述の通り、債権者両名は昭和六一年九月二〇日になつて、債務者らが本件不法行為をしていることを知つた。

債権者両名は、多額の金銭の支出と企業努力、そして多年にわたる厳しい鍛錬を積み重ねることによつて、この労働の果実として「中森明菜」の名称と肖像を有名にし、財産的価値を生みださせたものである。

然るに債務者らの行為は、これら債権者両名の努力・鍛錬による果実・財産的価値を「窃取」するのと同様であつて、極めて悪質である。債務者らの行為は、広告その他の営利的目的をもつて、個人の氏名・肖像等を本人の承諾を得ることなく使用する不法行為であつて、氏名等に財産的利益が絡んでいるものであるから、人格権・プライバシー権保護の名のもとに、パブリシティの権利擁護の名のもとに、早急に差止られるべきである(阪本昌成・前掲論文参照)。

2 債務者らの本件不法行為は、その商品がカレンダーであるが、カレンダーは所謂「季節商品」であるので、債務者らが現在所持しているものを早急に処分する危険性が高い。

特に、一〇月上旬からは債権者両名による正規のカレンダーが発売される予定であるが、債務者らはこの予定・情報を入手していることが予想されるので、債務者らが所持している商品を早急に処分する危険性は、より高くなるのである。ニセ物商品は、消費者の需要に早期に応えるところに発生の土壌があるからである。

3 また、債務者らが債権者両名による本件仮処分申請を予知した場合には、決定の執行さえ不能となる危険がある。本件債務者らの如き悪質な者は、商品を隠匿したり、価格を下げてでも販売・処分してしまう危険性が極めて高いからである。

4 債務者らが所持しているカレンダーは、少なくとも一万部前後であると予測される。

債権者両名が予定している正規のカレンダーは、債権者研音による製造販売の形式であり、市販価格の四一パーセントの割合による金六一五円で販売することとなっているので、債権者両名は実に少なくとも金六一五万円の損害を被ることとなる。

これを債権者両名が許諾料を受領する形式とした場合、債権者らが正規に許諾した場合の許諾料は商品の市販価格の一〇乃至一二パーセントの割合によることが通常であり、債務者らが販売している本件カレンダーの市販価格は一二〇〇円が予定されているので、債権者らは少なくとも金一二〇万円乃至一四四万円の許諾料を失うこととなるのである。

5 以上の次第で、本件仮処分申請については、審尋手続を経ることなく、早急にこれを認める決定を賜わりたい。

二、「北方ジャーナル事件」最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決。

1 右最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決は、事案が名誉権と表現の自由の衝突の場合であつたので、

『表現行為に対する事前抑制』については、表現の自由を確保するうえでの手続的保障としては、『事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。』としたが、

『差止めの対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法二一条の前示の趣旨に反するものということはできない。』としている。

2 本件における差止めの対象は、公共の利害に関する事項についての表現行為はなく、債務者らの違法な財産権の行使でしかない。しかも一方的に債権者両名の権利を無断で侵害するものである。

よつて、『口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで』、差止めの仮処分命令が発せられるべきである。

別紙当事者目録〈省略〉

肖像の表示目録〈省略〉

疎明方法目録〈省略〉

取下書〈省略〉

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